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目から入った光がやけに遅れて脳にたどり着いたみたいな、変な感覚だ。
俺の目は、朝刊がひっこ抜けるわずかな瞬間に、新聞受けの外に立っている何者かの影を見ていた。
「新聞屋……じゃねぇよな、もう6時過ぎてんだもんな」
客が来るような家でもないが、まぁいいか。
万が一うちに用なら、ノックでも何でもするだろう。
息をついて玄関に背を向け、申し訳程度の小さなカーペットに腰を下ろす。
胡座をかき、これまた小さな座卓に新聞を放って、やや元気をなくしたコーヒーの湯気をふっふっと吹く。そしておもむろにカップに口をつけたところで……
玄関から声がした。
ご近所に「こんにちは」と挨拶するのと同じくらいの自然な声が。
「ぴんぽん」
そして、ごん、という鈍い音。
振り返った俺の口から、コーヒーが噴き出した。
新聞受けから、ふたつの目が覗いている。
バネの強い蓋の部分を指で押し込み、受け口を全開にした状態で、ぴったりと顔を張りつけて俺の方をパチクリ見ているヤツがいるのだ!
ごん、というのは、額をドアにくっつけた時の頭突きの音か。
「お前……! 何でここにいんだよ!」
そうだ。俺はそいつを知ってた。
呼び鈴が壊れている家を訪ねた時、ノックという選択肢がでてこないヤツは少数派だろう。
いや、それ以前にこの早朝、しかも死ぬほど寒い中、人のうちの前でボケッと突っ立っていた時点で気づくべきだった。
ヤツは黒瀬という。
下の名前は、忘れた。
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