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「まぁ、言われてみればそうなんだけど」
「もし、狙われたら……その時はその時」
我々は“完全な人間”ではない。人間ではない人間としてこの世にある。そう知ったのはいつの日だったか。恐れをなした両親に捨てられてからは、同じ運命、同じ境遇にある左弥の言葉だけを信じて来た。“彼の記憶”があるから、左弥は強くいられるのだ。
この時も、いつもの様に気の強い姉の態度に返せる言葉もなく、これ以上、話題を出す事はなかった。
†
都内と言えど、何処か趣のある町の一角に、それはあった。
──私立王滝探偵事務所。
古びたプレートに、はっきりとそう書かれている。社員はたったの二人。社長である父と、その息子だ。一見、古めかしく思えるビルだが、中に入ればそれなりに小綺麗な事務所がある。部屋の奥に、黒塗りのデスクが見受けられた。
依頼は二週間に一度あるかないかだ。少ないのかそうでないのか。しばし依頼内容が変わっている所為もあり、二週間に一度の件でも、多額の報酬が得られる事もあった。
「親父、ただいま」
「早かったな」
「今回のはわりと楽だった」
社長をしている父の名を、王滝雅長。息子を、神楽と言った。母親のエミは上野の自宅で専業主婦をしている。
今年23になる神楽は、大学を卒業したはいいが、これといって夢もなく、将来の目的も見当たらないまま、反対する雅長を説得し、今の職に就いた。
「振り込みはいつになる?」
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