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振り向くことはしなかった。僕以外の足音が後ろから迫っていたからだ。
凛とした冷たい空気が肺に入る度、噎せそうになる。
息苦しい呼吸を吐き出しながら、ひたすら走る。逃げ続ける。
何度か雪に足を取られ、両手をつきながらも、走ることはやめなかった。
しかし、吸血鬼に対して所詮人間の脚力は余りに無力過ぎた。
道端の縁石に躓き豪快に転ぶ。自然と後ろを振り返る。
すぐ目の前に少女が立っていた。
乱れた前髪で両目は隠れていたが、僕を見下ろしているのだけはわかる。
走り疲れた様子さえ見せず、息一つしていない。口元に男性の血を滲ませたまま、僕を見下ろすように動かない。
僕は後ろに両手をつき、後ずさることさえ忘れ――雪の冷たささえ忘れたまま、少女を見上げていた。
「たす……け、て……」
恐怖を前に、ようやく出た言葉だった。
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