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少女は答えない。
黙ったまま、動かない。
少女の口はもう笑っていなかった。
唇がゆっくりと動く。なにかの言葉を紡ぐように。
何度か呟いてから、その場に両膝をつく。顔を下げたまま僕に迫ってきた。
僕は逃げなかった。――逃げられなかった。
少女が僕の上に覆いかぶさるような体勢になる。息すら許されない距離。
目の前に少女の顔。その顔が少しずつ上がる。
――そして、少女と目が合った。
「――げないで」
赤目の少女は透明の涙を流していた。
僕の頬に何粒か落としながら、少女は息苦しそうに、残りの言葉を紡いだ。
「……逃げないでください。弦(ゆずる)先輩――――」
口の両端から伸びる異様な牙。色素の赤い瞳。青白い顔。
どこを捉えても恐怖の対象でしかない少女の姿に、僕はちょっとだけ悲しい気持ちに晒された。
しんしん……
しんしん……
降り落ちる綿雪が、少女の流す涙に思えたからだ。
まるで、少女の気持ちが感染したかのように……
少女――彼女は、僕の幼馴染みだった。
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