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部活をサボって準備を手伝ってくれたとか、帰り道に
「暗いから」
と長い坂道を家まで送ってくれたとか、風邪を引いた時は
「無理すんな」
と肩を叩いてくれたとか、本当にそんな小さなドキドキの積み重ね。
気付けば、あたしは嵐丸のことを視線で追うようになっていた。
朝はいつも遅刻ギリギリで走って来て、寝癖を押さえつけながら
「おはよ」
と、子犬みたいにくるくるした黒い瞳で笑う。
授業中は真面目に聞いているのと、こっくりこっくり居眠りをしているのと半々で、休み時間になると直樹とじゃれる。
嵐丸が笑っているのを見るだけで、あたしまで自然と楽しくなった。
ショウコに
「チイコ、あんた、嵐丸のこと好きなんでしょ」
と言われた時、あたしは慌ててそれを否定した。
「違うよ!そんなことない」
「またまたぁ。最近、嵐丸のことばっかり見てるじゃん」
彼女はからかって言ったんだと思うけど、当時のあたしはまだ
(嵐丸のことが好き)
という自覚が全くなくて
「つい見ちゃうのと、好きなのとは別でしょ?」
と首をかしげるものだから、ショウコはきょとんとしていた。
「そうなの?なんだ、好きだから見てるんだと思ってたんだけど、違うんだ?」
「好きだから見てるのかなぁ?」
「何それ?」
ショウコもあたしも、二人して頭の上に「?」を浮かべてしまった。
好きだから見てしまう、とかそういうことに、当時のあたしはあまりにも無知過ぎたのだ。
嵐丸と直樹、あたしの三人で準備を進めた日は、帰りも三人で帰る。駅前の十字路で、三人ともバラバラの方向に帰るのだけれど、気が向いたときだけ、嵐丸は
「送ろうか」
と言ってくれることがあった。
最初のうちは
「ううん、平気。坂道上るの大変だし、悪いからいいよ」
と断っていたのだけれど、そのうち嵐丸としゃべりながら帰るのが楽しくて
「うん、送って」
と素直に頼むようになっていた。
嵐丸が
「送ろうか」
と言ってくれない帰り道は、なんだか長くて寂しい。胸がなんとなく、つきんと痛くなる。
そんな感覚は生まれて初めてで
(なんでだろ。好きなのかな)
そんなことをぼんやり考えた。
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