記憶 ver チイコ

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(もっと近くに行きたい)  そう思ったのは、その時だったと思う。  距離のある友達関係ではなくて、ちゃんと手をつないで、もっとそばに行きたかった。  あんなにドキドキするのは、嵐丸が初めて。  胸の奥がきゅうっと切なくなったり、耳がすごく熱くなったり、あたしは感情うんぬんじゃなくて、体ごと、彼に反応していた。 (あたし、この人が大好き)  体が、そう言っていた。  嵐丸はすごく鈍感だから、ちゃんと言葉で言わなきゃ分からない。  直樹みたいにずっと親友同士だったのなら、何も言わなくても通じ合えるのかも知れないけど、あたしはそうじゃない。 (ちゃんと言わなきゃ)  そう決めたのは、文化祭当日になってから。  今思い返すと、すごくおかしな話だけれど、あたしは一日に三回も嵐丸に告白した。  最初は、朝、顔を合わせた時。相変わらず遅刻すれすれで来て、寝癖を撫で付けている嵐丸に、あたしは言った。 「ねぇ、嵐丸くん、好きな人いる?」 「は?別にいねえけど」  嵐丸はきょとんとして、黒い瞳であたしを見た。 「あ…あたしは、いるんだ…っ すっごく、すっごく好きな人」  あたしは勇気を出して、嵐丸をまっすぐに見つめた。  その黒い瞳に吸い込まれて、へ垂れ込んでしまいそうだ。  それなのに、嵐丸と来たら 「そうなんだ?」 と言っただけだ。むしろ (なんで急にそんな話、するんだ?) とでも言いたげに、首を傾げてすらいる。 (嵐丸のことなのに…っ)  こんなに分かりやすく伝えているのに、全く伝わっていない。 「もう、いいよ…っ」  あたしはふいと横を向いた。  二度目の告白は、二人でお化け屋敷の受付に座った時。あたしは言った。 「昨日、手つないだよね」 「ん?うん、そうだな」 「ドキドキ、しちゃった」  思い出しただけで、顔が熱くなる。横に座っている嵐丸と肩が触れていて、また鼓動が早くなる。 「嵐丸くんも、ドキドキした?」 「そりゃ、したよ。暗いし、びっくりするし」 「…そういう意味じゃなくて」  あたしは思わず嵐丸を睨んでしまった。
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