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「お待たせぇ」
だらけきった声がして後ろを向く。
「お前、誰?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
そこに居るのは確かに久賀裕也に違いないのだろうが、モッサリとした黒髪に時代錯誤の瓶底フチナシ眼鏡。
先程の色男ぶりは見る影もない。
「ま、俺にも色々あってな。
……さぁて、クラスに連れてけよ、会長」
心なしか背も縮んだような気がする。
たくましいとかんじていた体格もどこかひ弱なイメージが付いてしまっていて、顔や見なりとはこうも人の印象を変えるのかと感心する。
「お前、“久賀裕一”の弟なのか?」
もしかしたら、顔を隠すのもそのせいかと考え、尋ねる。
「あぁ、よく知ってんな。そーだよ、兄貴の名前は久賀裕一。
今は大学で働いてンだっけか。
まぁ、こんなお坊ちゃま学校に通えるのも、一重に兄貴にオカゲなんだよ」
なるほど……久賀裕一は今は大学でピアノを教えているのか。
あの、儚い旋律は健在なのか……久しぶりに、かつて神童と謳われた久賀裕一の曲を聞きたくなった。
「つまりお前は出来の良い兄と比べられるのが嫌でそんな身を隠すような真似をしているのか」
「なぁにバカ言ってんだよ。
つぅか、お前さ……」
「なんだ」
「はぁ。もうイイ。めんどくせぇ。このカッコしてンのは、兄貴とは関係ねぇよ。兄貴にコンプレックスも抱いてねぇ。可哀相な弟、ってポジションはオンナ口説くのにも使えるしな?」
……そういうものなのか。しかし、それならどうして顔を隠すような真似をするのか……聞こうとして、止めた。
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