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*幻日α
「ほらヤコ。顔を上げないと撮れないぞ」
一人の男が、そこにいた。
手にはカメラ。男がのぞくレンズの向こうには、2、3歳くらいの女の子が一人。
「……」
その女の子はカメラを向けられても仏頂面で、すぐに顔をそむけてしまう。
「ヤコは恥ずかしがり屋だなぁ。写真くらい笑って映ってくれてもいいのに」
「……や」
首を横に振る。『明確な拒絶の意思表示』だった。
「そんなぁ」
「あら、お父さんまた撮ってるの?ヤコが嫌がるから止めてくださいって何度も言ってるのに」
女性が現れた。女の子の母親だろうか。
彼女は嫌がる女の子の頭をそっと抱いて優しくあやした。
するとわずかながらに真一文字だった口がほんの少しだけゆるむ。
「チャンス!」
ぱしゃっ!
シャッター音が女の子の目の前で炸裂して。
「……うぇぇぇ」
「あ、ご、ごめんごめん。泣かないで」
「だから言ったのに」
「だって。せっかくカメラも買ったのに使わなくちゃもったいなくない?愛娘の成長記録なんだよ。どこの歴史遺産よりも貴重さ」
「……確かにそうだけど。あんまり無理に撮るとヤコに嫌われちゃうわよ?」
「う…。それはマズい。ごめんなぁヤコ。お父さんどうしても可愛いお前の姿を残しておきたくて」
「やっ!」
「……うーん。道は険しいなぁ」
「普通に遊んであげたらいいんじゃないかしら?そうすれば笑ってくれるわよきっと」
「そうか。ヤコ、お父さんに何かしてほしいことはあるか?」
「……」
「無視?」
「違うわ照れてるの。恥ずかし屋がりさんだから」
「んー。じゃあ『ほっぺむにむにごっこ』でもするか」
「むにゃ、んむ」
子どものやわらかい頬をもみくちゃにする。
「や」
ぺち。
女の子はまた父親の手を払った。
「これもお気に召さないかぁ。うちの姫様はフクザツだなぁ」
「変なことしないで普通に抱っこしてあげればいいのに」
「それでいいの?」
「そうよ。そんなものなの」
「えーと、じゃあヤコ。お父さんの膝の上くるか?」
「……(こくん)」
小さく頷いて、女の子は父親の腕の中に納まった。
「よかったわねヤコ。抱っこしてもらって」
「うん」
ようやく女の子の顔に笑顔が戻る。
暖かな春の陽だまりのようなぬくもり。
それは幻日(現実)となって消えた。
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