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楠田理沙とは昔ながらの知り合いだった。
いわゆる幼なじみとか言うやつである。
同じマンションの下二階に住んでいる、ご近所さんでもあった。今でもそうだ。
物心ついた時から僕らは互いに知り合い、互いに遊び、つまりは仲がよかったらしい。
らしい、
というのはもちろん、その時の記憶は僕にはもはや微塵も無く、イコールでその時のそんな彼女との思い出も、懐かしむまでもなく、どこにも無いということで。
断片的な記憶が、さながら写真のような情景は数枚思い出せるが、それでもそれは数えられるほどでしかない。それにその時自分がどう思っていたかなんて、覚えているはずもなかった。
けど、
それでも、そんな彼女のことが、いつからか好きになっていたのは、今でも覚えている。正確には、好きだったと、そう形容すべきなのかもしれないが。
初恋
聞こえはいいけど、実際はろくなものじゃない。既にそれを終えてしまった僕からしてみればやはりそれは、ただ無常なまでの失われた思いを、記憶を、それから想いを、否応なしに思い出させる言葉でしかないのだから。
そんな風に馬鹿みたいになんちゃって走馬灯を巡っていたところで、
突然
「マサト」
不意に声が、僕の背中にかけられた。思わずびっくりして手に持っていた雑巾をびちゃん、と洗面台に落としてしまった。
心臓が搾り上げられた果肉のようにつり上がり、16ビートくらいの速さで内側から胸をめったうちにした。
死ぬかと思った。
「そんなこの世の終わりみたいな顔をするなよ。」
あたしはフリーザ様か。とか、そんなことを言いながら、声をかけてきた少女は軽く笑ってみせる。
ビックリもする。そんな風に僕を呼ぶのは一人しかいないが、そいつがこんなところにいるハズがない。そしてそいつ以外に名前で呼ばれたのは、入学式の新入生呼名以来だった。
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