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幸運なことにというのか、不幸なことにというのかは別として、とにかく、そのちょっとかっこいい感じのする少女に、珍しく僕は心当たりがあった
自慢じゃないが僕は他人の顔を覚えるのが苦手だ。結論から言ってしまえば、僕は話すときほとんど相手の顔を見ないし、見たくないと言うのが理由だった。
ほとんど、というのは例外があるということだが、それも二人だけだ。言ってしまえば18年間生きてきて、まともに話せる人間が二人しかいないということなので、こちらもお世辞にも自慢はできない。
「久しぶり、だよね」
無視してもよかったが、なんだかそれを許さないような雰囲気がそこにはあったので、
思わず、というか
反射的に、そう口走っていた。
それを聞いて少女――木原零花は、にっ、とシニカルに笑ってみせて、
「飯食べようよ。屋上行こっか」
そう言う。
この時、僕は思わず返事をしてしまったのと同じように、首を縦に振ってしまっていた訳だけど、後になって思えば、僕はその時、やはり彼女のことを無視して逃げるべきだった。
そう、痛感させられる。
彼女のことを思うなら、そして、これから起こること、巻き込まれる全ての者たちのことを思うのならば、僕はこの時、無感情なまでに非情に、言葉などなく無言に、苛烈なまでに静謐に、
雑巾を絞って、蛇口を閉めて、彼女のことなど無視して教室に帰るべきだった。
けど、僕はそうしなかった。そうしておけば、今までとなんら変わらない日常が、これからも続いていく筈だったのに。
卒業までの辛抱。
それでも僕は、頷いた。そのことを僕は、後になって死ぬほど後悔する。
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