第1話

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アサ子は、飲料水を持って立ち上がった。   幸か不幸か、アサ子が手に入れたビニールシートとスコップは誰も欲しがらなかった道具だから、おそらく放っておいても盗まれる心配はない。 しかし、飲料水は盗まれる可能性が高い。 死刑囚の中には「俺がいま辛い状況にいるのはアイツのせいだ」「ちょっと刺しただけなのに、もうちょっと頑張って生きろよな」と話す者もいるのだ。 彼等にとっての悪人は、自分ではなく被害者の方なのであって、窃盗についても、置いておくほうが悪いとしか解釈しない者もいる筈だ。飲料水は持ち歩かなければならない。   アサ子は食料を探すため、樹木の生い茂った森へと足を踏み入れた。 山菜を見分ける知識はないが、木の実くらいなら見つけられるだろうと安易に考えていたし、同じ目的の草をかき分ける音は、あちこちから聞こえていたので、誰かが何かを見つけた気配があれば、同じところを探せばいいと思っていた。   しかし、ずいぶん散策しても何も見つからなかった。それは誰かの足音も同じ。何かを見つけた気配は一向に訪れなかった。 --もう少し奥まで行ってみよう。 シダを踏みわけつつ、ゆるやかな斜面を登っていると、苔が生えた枯れ木の根元でしゃがみ込んでいる男を見つけた。
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