昔話

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 ぐるぐると鍋の中身をかき混ぜる。  カチン、と音を立てながら鍋の下の火を消すと、ほぼ同時に玄関が開いた。 「おかえり、ジゼル」 「ええ、ただいま。いい匂いね」  あたしの手元を覗き込んだジゼルに、今できたとこ、と伝えて深皿を2つ戸棚から持ち出す。  お玉で掬ったそれを深皿によそって食卓に並べれば、それなりの出来には見えた。  あれから一か月と少し。あたしは結局、金髪の女の人──ジゼルの家に、半ば居候として居させてもらうことにした。  最初に言われた通り、賃貸費は一切払っていない。それどころか、あたしが働くと言ってもジゼルは、大丈夫、の一点張りだ。  大丈夫って……未だに申し訳ない気持ちは拭えない。  居る条件は一つ、『自分の身の回りのことは自分でやる』。  どうせなら、家事を全部やれ、くらい言ってくれればいいのに、と漏らしたこともある。そんなこといいって言われたけど。  というのも、ジゼル自身、以前から家事らしい家事をほとんどこなしていないらしかった。それどころか、自宅に帰ることすら滅多になかったらしい。  ここダアトにある『神託の盾(オラクル)騎士団』の総長……多分、最高責任者がジゼルの役職なんだそうで。それも結構多忙らしい。  独身で同居者も居なかったジゼルにとっては、わざわざ自宅に帰るより、仮眠室やシャワールームまである教会本部の自室のほうが効率的だったんだとか。  だから必然的に自宅はほぼ空き家状態。食事はほとんど外食で、身の回りのことは部下がやる。家事の機会もなくなる……というわけらしかった。  空き家同然とはいえ、別に汚かったわけじゃない。  確かに殺風景で生活感はあんまりなかったけど、あたしが来たときには、すでに綺麗な状態だった。  この1か月でわかったことは、ジゼルは几帳面で真面目な人だってこと、かと思えばすっごく優しくて、でもやっぱり厳しい人。  あとここは『ダアト』っていう街で、ジゼルみたいに軍事色の強い人もいるけど、基本的に宗教が盛ん。この家は外れの住宅街のひとつ。  それから、まぁ……あたしの帰る方法は、まったくわかってない。  
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