昔話

6/9
前へ
/69ページ
次へ
「遅い! それから狙いは正確に! 目標は中央、最低でも全弾的に命中させなさい!」 「はい!」  少し滑ったグリップを握り直して狙いを定める。  数十メートル先にぶら下げられただけの的は、風が吹く度にふらふらと揺らぐ。振れ幅は数センチだろうけど、あたしの手元はなかなか落ち着かない。 「いつまで見ている! 照準を合わせている間に距離を詰められるぞ!」 「は、はい!」 「次、右!」 「…………っ」  体を90度捻って再び照準を絞るのに集中する。放った弾丸はてんで的外れな所を飛び、あたしはといえば反動でおもいっきりすっころんだ。 「……ったぁ……」 「方向転換をしたら、それに合わせて足場を作りなさい! あなたはいつも手元ばかりに意識を置きすぎているわ」 「は、はい」 「それから左。せっかく双銃を扱っているのに、サクラは右ばかりに頼りすぎているわね。もっと左でも撃てるよう意識すること、いい?」 「はい……」 「……立てる?」 「あ、うん」  差し出された右手を取って立ち上がる。  ジゼルの目はいつの間にか少し穏やかになっていて、思わず肩の力が抜けた。 「もう遅いし、今日はここまでにしましょう」 「ありがとうございました!」  騎士団式だという敬礼を真似ると、ジゼルが小さく笑った。釣られてあたしも頬が緩む。  怖いし厳しいけど、こうやってちゃんと優しい。それがあたしの知るジゼルだった。  *** 「行く気はない?」  食器をまとめていると、ジゼルがそんなことを言い出した。 「バチカル……?」 「えぇ。聞いたことはない?」 「確か、キムラスカ・ランバルディアの王都……だっけ?」 「そう。よく覚えていたわね」 「それは、まぁ……って、バカにしてる?」 「いいえ、勉強熱心なのはいいことだわ」  茶化すように言ったあたしの言葉に、いつもと特に変わらない表情で返すジゼル。こういう人なんだ。 「でも、任務なんだよね? いいの? あたしがついていっても」 「本来、この仕事は私みたいな人間が赴くものでもないわ。ただ書状を届けるだけだし、部下に任せてもよかったのだけれど」 「ジゼルが受けたの?」 「ええ。あなたをつれて行こうと思って」 「……あたし?」  
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

69人が本棚に入れています
本棚に追加