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「うわ、痛そー……」
「…………!」
ぷっくりと浮き出た傷痕を指でなぞると、びくり、と大きく腕が跳ねた。
見上げた彼女がこっちを睨んでるけど怖くなんてない。本気で怒ってるときの気迫に比べたら、これくらい。
「……あんた、手ぇ冷たい」
「心が暖かいから?」
「心が暖かい人はそんな手で人の腕触んないよ」
本当は手を洗ってきたばっかりだから。外から来たらすぐ手を洗え、は彼女がいつも言う言葉。すぐにお湯にならない水道が悪い。
ぺち、と軽く叩かれた手の甲を大袈裟に痛がると、どちらからともなく笑いだした。
「ね、その傷ってどうしたの?」
「ったく、何回聞いてんのそれ」
「何回聞いたって答えてくんないじゃん」
「しょうがないでしょうが、本当にわかんないんだから」
「こんなに大きい傷?」
「うん」
「嘘だー」
「本当だっての」
服の袖に隠された二の腕をじっと見つめる。当然だけど、何もみえない。
小さい頃から知ってる彼女のその傷痕。当時こそは彼女にそれがあって当たり前だと思ってたけど、年を重ねて知識を得るうちに、その異様さにふと気が付いた。
しかし何度聞いても彼女の答えは『知らない』。
「なんか刃物っぽいよね、痕が」
「ふーん」
「ハサミとか? あ、でも覚えていんだよね。有刺鉄線?」
「さあ」
「本当に覚えてないのー? もしかしてなんかやらかして言えなかったり……」
「知らないって」
ぴしゃり、と食い気味な声。
本気のその声に、思わず続きを呑み込んだ。どきっ、と心臓が跳ねる。
彼女はすぐにはっとすると、いつもの笑顔を見せた。
「……ったく、しつこいっての。知ってたら教えるって」
「あ、うん……ごめん」
思わず謝罪が口を突く。
頭を触れられる感覚に顔を上げると、やっぱり頭をなでられていた。
「泣かないの桜ちゃーん」
「泣かないよ! 何その子供扱い!」
「あんた昔は酷かったんだからねぇ、すぐ泣いて」
「いつの話、それ」
「今でも変わんないでしょうが」
「失礼な」
「ははっ」
彼女があたしの頭から手を離して台所に向かう。
「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「緑茶がいいかな」
「コンビニ行けばあるよ」
「……流花姉と同じでいい」
「コーヒーね」
彼女が去ったリビングで少しだけ眠気が襲う。
逆らう理由なんて、なかった。
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