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「今は誰も住んでないですよ。3年前までは2階に『紀恵(きえ)』さんというお婆さんが1人で住んでいましたが、その紀恵さんが亡くなってからは近くに住む娘さんが3日に一度来ては店内を掃除をしているくらいですかね」
「そうだったんですか。先生、私からは以上です」
これで事件当夜、隣の家には人がいた可能性が極めて低い事が分かった。尚也の言葉を受けて卓司が改めて口を開く。
「お仕事中、お邪魔をしてしまいました」
「いいえ。こちらこそ、先生とお話できて嫁や娘に自慢ができるっていうものです」
「あははは、そう言って頂けると助かります。もし、何か思い出しましたら是非お電話下さい。それと奥様とお嬢様にも宜しくお伝え下さい。では、失礼します」
2人揃って頭を下げて店を出ようとすると、思い掛けない言葉で呼び止められる。
「あっ、先生、良かったら米を持っていて下さいよ」
「えっ!?」
驚いて振り返るとその男性は満面の笑顔で高く積み上げられた米を指差していた。
「ここにある米のどれでも好きな物を。うちの米はその辺のスーパーで売っている物と違ってとっても美味しいですよ。さあ、そちらの『助手』の方もどうぞ」
助手呼ばわりされた尚也は苦笑いである。だが、決して安くはない米をただで貰う事には若干の抵抗があった。
「しかし、それでは」
「遠慮せずに。うちには売る程あるんですから、って実際、売ってますが……」
このジョークには卓司も尚也も参ってしまう。
「折角のお言葉なので、では、2つ頂いてあと4つは買うという事で」
「えっ、4つもですか」
「実は、私の周りには米大好き人間がたくさんいるものですから」
卓司は美弥と幸枝、そして、卓司と瑠璃の実家の分も購入しようとしていたのである。
「何か悪いですね。逆に売り付けたようで」
「あははは、そんな事はないですよ」
それから卓司と尚也は高く積まれた十数種類の米の中から6つを選び、代金支払い後、米屋の前に移動させて来た尚也の車の中にそれらを運び込む。そして、近所でもう少し話を聞いて回りたいからと暫くの間、店の前に車を止めさせてもらう事にした。
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