§1 Dawn(夜明け)

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〔1〕 夏の夜空に打ち上げられた尺玉は軽やかな炸裂音を残すと鮮やかなオレンジや赤のいくつもの円を広がるように描いては闇に消える。そういった光景が間断なく続き、花火が上がる度に約20万人の見物客の歓声が上がっていた。福島市郊外の阿武隈川で毎年催される花火大会の一幕である。約1時間にわたって1万発もの花火が打ち上げられ、いよいよ最後の空中ナイアガラに点火され誰もがその圧倒的な壮大な空中美に酔い痴れていた中、突如、1人の女性の悲鳴が上がる。周りにいた人々が驚いてその女性を見るとその足元には心臓辺りにナイフを突き立てた若い男性が仰向けに倒れていた……………。 時は西暦2030年 8月 8日。温暖化の影響が更に強くなっているのではないかと思える程、今年も昨年以上の暑さを感じる中、卓司は自宅から持参した新聞を事務所の自分のデスクで朝から広げていた。暇は相も変わらずで、変わった事と言えば昨年、卓司に待望の女の子の赤ちゃんが生まれたというくらいなもの。デスクの右上隅にその子供のフォトスタンドがしっかりと置かれてある。 「先生、昨日の福島の花火大会で起きた殺人事件をご存じですか」 「あ~~っ、今読んでいた」 尚也もすっかり一人前となり今では仕事の殆どを尚也に任せ、卓司はデスクワークが、と言ってもただ単に座っているだけであったが、多くなっていた。 「あっ、それ、私も今朝のニュースで見ました……」 デスクに座ってパソコンの画面を覗いていた美弥も今年が20代最後の年であった。結婚は諦めた訳ではなかろうが、この所、以前よりは『結婚したい』という言葉を耳にしなくなっていたのは事実である。 「……被害者は暴力団関係者だっていうじゃないですか。権力抗争でもあるんですかね」 美弥の極々当たり前の質問に卓司も今ある知識で答えるしかない。 「さあね、まだ何とも言えないけど警察はそっち方面も視野に入れて捜査するみたいな事は新聞に書いてあった」 「でも、あれって犯人を捜し出すのは難しいですよね」 そして、尚也から出たのはこれまた当たり前の疑問であった。
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