§2 Reliance(依頼)

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「……そうですか、容疑者が出たのですか」 その人物が真犯人であってくれればと願う。もし、そうならば自分の出る幕はないし、それに越した事はないからである。 『そうですが、ただ同じく服役中の暴力団員からのタレコミなので真偽の程は会って確かめる迄は分からないというのが実情です。現時点では、その男性の刑の執行を含めて今後の展開が読めませんので、取り敢えず、一度お会いしましょう。担当検事も紹介したいですから』 富安もその辺の事は十分承知しているようであった。 「そうですか、分かりました。では、明後日に」 『お待ちしております』 「失礼します」 「先生、どうでしたか」 電話を切ると、まず話し掛けて来たのは尚也であった。卓司はお茶を一口含んで息を整える。 「……うん、明後日の午後に地検で会う事になった。でも、容疑者らしき人物が中国の方に出たんだって」 「そ、それは本当ですか」 そして、尚也が口を開ける前に飛び付いて来たのは驚きの表情を顕にした美弥であった。卓司は富安から聞いた話をそのまま美弥と尚也に話して聞かせるが、2人は信じられないような表情をして最後まで聞いていた。 「……で、所長、その事を南根さん達には?」 「決まった訳じゃないのでまだ知らせなくても良いだろう」 「ですね」 南根達の心境を察すると糠喜(ぬかよろこ)びさせる事は出来るだけ避けたかった。そして、背中で感じる外の薄暗さに壁時計を見れば午後4時半を少し回った所であった。 卓司が富安との電話を終えたほぼ同時刻、成田空港では杉中達の乗る飛行機の搭乗手続きが始まっていた。30代後半の外務省職員からチケットと中国側から出た入国特別許可証を受け取って後、その職員と別れ腹拵えをした杉中と菅生は搭乗券を手にして手荷物とボディチェックを受けるべく金属探知機のゲート前に他の乗客とともに並んでいた。 「なあ、杉中、上海にある日本語学校で通訳を雇うのは良いが、場所が分からないぞ。私は英語も話せないし……」 「私だって話せませんが、どうにかなるでしょう」 「そっか」 そして、セキュリティチェックを受け、出国審査を済ませた2人は搭乗ゲート内にその姿を消した。
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