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辺りは日も暮れて、時計を見ると夕飯時になっていた。涼音はと言えば「お食事、御用意いたします」と言って、台所に鼻歌混じりに足弾ませながら向かったところだ。
――ピッポーン
お粗末なドアベルが、私に来訪者を伝えた。
――ガラガラガラ
「郷長……」
玄関の戸を開けたのは、郷長だった。郷長は、少し気まずそうな表情だ。無理もない、曰く付き物件と知っていて訪れはしたくないだろう。
「その……出たかね?」
「えぇ……」
「やっぱり!」
人に住ませておいて、「やっぱり」とはなんだ! 「やっぱり」とは!
私は年長者とは言えお灸をすえなくてはと思い、小芝居を始める。
「それがですね、髪の長い女なのです……」
「そっ……『それ』とは何だね、夏生君?」
郷長は、顔を青くしながら私に尋ねた。
「幽霊です郷長!」
「なっ……何と!」
「現れたそれは、『涼音』という若い女の幽霊でした。『涼しい音色』とは、名ばかりで騒々しく厚かましい。」
「何時見たのだ! 夏生君!」
「私がですね……荷の紐を解いているとですね、冷たい風が吹いてきました。私はゾクゾクとする何かを感じ、振り向くと……ヒュードロドロと現れた女幽霊が、恨めしそうにこちらを見ながら立っているのです!」
「うひゃああ、ゆっ幽霊が! でっ……出たあぁ!」
郷長は訳の解らぬ悲鳴と共に一目散に逃げていった。私は暫く小さくなっていく郷長を見送り、見えなくなったところで振り向く。
「食事が出来ました、夏生様」
「包丁は台所に置いてから、来るのが常識だ」
「怪談話が聞こえたもので」
涼音は、少し眉をひそめて言った。それから私達は、幾ばくか黙って向き合う。暫くするとお互い結んだ口が緩み、声を上げて笑った。
*****
此処に来る時には、気に留めなかった山桜。玄関から見えるそれは、薄暗い街灯に照らされ綺麗だった。
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