人の情

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「夏生様、夏生様」 「何だい、涼音?」 「人が家の前に……」  私は涼音に促され、窓を開けて外を眺める。すると村人が何やら、ぞろぞろと集まりだしているではないか。  私は慌てて階下に降りて、玄関から外に出る。一番近くに居た村人に「何事か?」と尋ねると事情を説明される。  掻い摘んで話せば、この郷に引っ越して来る者など珍しく顔を見についでに引っ越しの手伝いをしてくださるそうだ。  私と言えば、「これがご近所付き合いという物か」と感心していた。  今まで住んでいた地域ではおおよそ、「ご近所付き合い」などと言う物は廃れた風習であったのだ。  自分は、今までただれた都会に住んでいたのだと思った。では何故父は住み続けて居るのだろう?  都会では人のうねりが、邪な思惑がごちゃ混ぜになっているのだ。それが父には、さながら魑魅魍魎の百鬼夜行に見えたのかも知れない。 「夏生君! 夏生君!」  郷長が何やら慌てて近づいてくる。顔に汗を浮かべて、息を切らし目の前で足を止めた。 「何です郷長?」 「幽霊はどうしたのだ?」 「ああ、郷長は勘違いなされているようです」 「何をだね夏生君?」 「涼音!」  私が声を上げると、玄関口に涼音が現れた。涼音は「何でしょうか?」と首を傾げている。 「でっ……」 「落ち着いてください、郷長」 「ゆっ…幽霊ではないか!」  郷長は、みるみるうちに顔が真っ青になり卒倒せんばかりの勢いだ。 「郷長、あの者は父が寄越した下女です。恐らく家事に疎い私への、父の有り難い心遣いだと思います。きちんと足も付いています故。」  指差して言ってやると、郷長に血の気が戻り「そういう事なら先に言いたまえ」と笑いながら、私の肩をバシバシと叩くのだった。
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