涼しげな音色

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 奇妙な同居人と出会いを果たして一刻、越してくる前に送った着替え等を引っ張り出す。それから寝室には布団を敷いて寝床を用意した。  本格的に荷物の紐を解き出すのは、日も暮れ始めるし明日にしようと心に決めた所だったのだが…… 「夏生様、夏生様」 「何だ、騒々しい」 「大先生とは露知らず、数々の無礼な態度を……」  一束の原稿を持ち、涼音は大岡越前に沙汰を下される下手人のように……はたまた印籠にひれ伏す悪代官のように、床に頭を擦り付けた。  私は原稿を掴み取り、パラパラと捲る。それから床にボンとと投げ、「駄作だ」と言って頭を掻く。 「残念ながら、私は『先生』を名乗れる程の人間ではないよ。ただのしがない書生だ」 「いいえ、凄いです!夏生様」 「はは……有り難う、涼音」  そうは言えども、私は父に遥か及ばない。例えるなら父と私は、司馬遷と司馬遼太郎だ。  何時も、両肩にかかる重圧に押し潰されぬように躍起だったのだ。「いずれは父を追い越さねばいけない」と。
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