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3月12日。仕事が15時くらいで早く終わり、ひさしぶりによく晴れた空の下、オレは地元のスーパー“ひらしん”へ車を走らせた。店に入り商品をカゴにほうり込んで、レジで支払いをするところ。
『こんにちは』
相変わらずのまぶしいほどの笑顔。このオレもにこやかに同じ言葉を返す。
『地震でたいへんなことになってますね』
スーパーのレジカウンターで商品の袋詰めの作業を始めようとしている彼女に、オレは話しかけた。
『そうですね。各地で被害がでてますよね』
と悲しそうに言う、その声は美しい。
『…テレビでの報道を見ると、いろいろと考えさせられますね、』
そこで言葉を切り、
『ええ』
と応じた彼女にオレは
『はたしてあした、オレは生きてんのかな?とか』
と続けた。
『ほんとうに。そうですよねぇ…』
少し感慨深げに、彼女は答えてくれた。
買い物は三品。あっという間にバッグに詰め終わる。
福沢諭吉いち枚を渡し、釣り銭を受け取って、オレは
『あの、返事をメールか電話でもらおうっての、少し虫がいいってゆうか…図々しかったかな?って反省してます』
声を落としてそう言った。彼女がオレの渡したラブレターを読んでいれば、こう言えばわかるはず。
『ああ…いえ、』
そのあとの言葉を言いよどむ彼女の返事を待たずに、オレは手にしていた紙袋をレジカウンターに置き、
『これ、食べてみたら美味かったから…受け取ってください』
そう言って、チョコクッキーの詰め合わせを差し出す。ホワイトデーを少し先取りしたのだ。
“バレンタインデーに、‘逆チョコ’ならぬ‘客チョコ’を受け取ってもらったお礼です”
…の、つもり。
少し戸惑い気味の彼女は、それでも笑みを絶やさずに
『ありがとうございます』
紙包みを受け取ってくれた。
とその時、
レジカウンターの上で何かが“ポンッ”と跳ねた。
からくり紙工作キットの本、“カミカラ”から切り貼りして作ったペンギン爆弾の雛。平らなとこに落とすと、ぺちゃんこの状態から、跳びはねて立体的になる仕組みだ。それをつかみ上げて、
『これ、新作なんです』
ちびペンギンの顔を彼女に向けて、オレは言った。
『かわいいですね』
にこやかに、ひと目で判るほどにほほを染めてそう、彼女は言った。
“そういえば、桜の季節もそう遠くはないよな…”
そこだけ花が咲いたような、彼女の笑顔を見つめながらオレはふと、そんなことを思った。
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