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花岡さんは、オレよりほんの少し年上の同僚だ。つい最近まで、うちの警備会社の南鷺沼出張所の紅一点だった。入社はオレの方が先だからいろいろと教えるのだが、仕事をおぼえることに熱心な、おしゃべり好きな2児のかぁちゃんだ。
昼休み、花岡さんといつものようにダベっていた。気がかりなことだったからか、オレはラブレターを渡し1週間になることを漏らした。たぶん無意識に、女性からのアドバイスを求めていたにちがいない。
『うーん…1週間じゃ、まだ返事こないかもね』
花岡さんの言葉に、オレはほっとする。
『でも、2週間経っても返事が無かったら、あきらめた方がいいね』
次いで言われたその台詞に、オレはきっとあからさまに落胆の表情を浮かべたのだろう。花岡さんは、
『ん…まぁ、押して押して押しまくるって手もあるけどね』
つけ加えてそう言った。
“他人ごとだと思って…”
一瞬腹立たしく思って、思いなおす。
“いや…他人ごとだもんな”
オレだって他人の恋バナ聞かされたら、無責任なことしか言わないのだ。白々しく
『想い続ければきっと叶うよ』
みたく励まされたところで、オレはたぶんありがたく思わないだろう。他人なのだから、他人の立場で発言する。安易に希望を持たせるようなことを言わないのは、人生経験積んできた者にしか備わらないやさしさだ。
“うん、そうだよな”
花岡さんから冷静な第三者の眼で視た意見を聞いて、オレも頭が冷えたようだ。
先行きの見えない時間が続き、オレはかなり卑屈になっていたみたいだ。この胸のうちの熱い想い伝えたのだから、返事をもらって当然…とそう考え始めていた。そして未だ奈央さんからの何の言葉ももらえないのは、
“つまりオレって、居てもいなくても同じってこと?”
と、ひがみ根性丸出しだったことに気がついた。
そしてそうした考え方は、疑心暗鬼に囚われ、愛しい彼女の気持ちを邪推して自己卑下を募らせているだけの空虚なものでしかない。そう思うことができた。
ラブレターが便箋で9枚に及んだことを告げると、
『そりゃヒクわ!』
そう言って、花岡さんはアッハッハと豪快に笑った。
『…だよねぇ?』
オレはそう言って、もう腹を立てることもなく、未だ溶けずに残っている雪原の無彩色な景色に視線を移した。花岡さんと一緒になって笑うことで、なんだか少しだけ気持ちが楽になった。
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