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真二は病院の自動ドアに足をひっかけた。ドアが開ききるのを待ってられなかった。
手を伸ばして走り、病院の受付に倒れこむようにして身体を乗り出した。
「母さんは、母さんはどこだ?」
懸命に呼吸を整えながら、単語を紡ぎだした。
「お名前は?」
「轍…轍由里子だ」
「はい、轍由里子さまでいらしたらただいま緊急手術中でございます」
「だから、どこなんだ?」
カウンターの中年女性は慣れた手つきで真二を先導した。
真二は中年女性の歩くペースについて行く気はなかった。真二は自分で道をつかむと他人にぶつかろうと関係なくただがむしゃらに急いだ。
角を曲がると真二の目には兄の孝一の悠然とした立ち姿が写った。凍らしたような表情。
「母さんは?」
真二を見ることもなく、孝一はただ堅く閉ざされた手術室の扉を指す。気付くと真二は手術室の扉を開けようとして、取手に手をかけていた。
その時、真二の反対側から扉が開いて、徒労感が浮かんだ顔と目が合った。絶望感で力の抜けた腕で、その男の白衣を掴んだ。
「母さんは…」
真二は言葉が出なかった。ただただ男の横に降る頭がぼやけていくのを涙のせいだと理解できなかった。
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