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「そうと決まれば、早速契約じゃな! ……お主、何の才能があるのじゃ?」
「何も無い。……っ!?」
素直に驚いた。変態が俺に質問をすると俺の口が勝手に動き、声帯が勝手に震え、舌が勝手に音を声に変えたのだ。
俺は口を押さえて変態……いやもう、ここまでされたらこいつが悪魔だと信じるしかない。しかもわざわざ俺に質問した辺り、こいつ、才能を“盗る”気だ……!
「くっそ……死ね!」
こういう時は、逃げるしかないっ!
俺は額を伝う冷や汗を拭うこともせずに、悪魔がいる方とは逆の方向へ駆け出した。生温い水滴が舌に絡み付いて気持ち悪い。睫毛に汗が覆い被さって目が焼けそうになる。
そんなことも気にならない程、とにかく必死で走った。
……何分走っただろうか。もしかしたら何秒かもしれないし、何時間かもしれない。カラカラと回っていた足は速度を落とし、首筋で無数に光る玉のような汗が大量に服に吸い付いた頃。
「よもやあれだけで逃げ出そうとはの。賢しさも合格じゃ」
絶望の、声が聞こえた。
「ぁ……! あ゛、カハッ」
声を張り上げようとしても、喉にへばりついた乾気がそれを擦れた音に変えてしまう。激しい運動をしたせいか鼻が詰まって、生臭い何かの味が口内に広がる。例えるならそう、鉄。俺はこの味を知っている。血だ。煙草の副流煙でドロドロに汚れた濃い紅が、鼻から溢れて口にまでその侵攻領域を広げている。
やがて血が地面にひたひたと滴る様子を見せると、俺もそれに寄り添うように倒れ伏す。
俺が踏み締めていた地面はいつの間にか、柔らかくしなやかな土から硬く人が踏んでも変形することのないアスファルトへと変わっていた。
「その“平凡と云う才能”、貰うぞ?」
俺はもはや焦点の合ってない狂った瞳で、悪魔を見上げた。
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