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そこで、旅人の男は、ジークが自分の赤面した顔を覗き込んでいる事に気が付き、慌てて顔を逸らした。
落ち着け、相手は外見は美女でも男、野郎だ! クールになれ無心になれ色即是空ーーッ!! と、脳内で叫び続けているのだが、真っ赤に染まった顔は、中々収まってくれない。
そんな、中。
旅人の目の端に、ジークが邪悪かつ妖艶に、くちゃっと口を歪めた姿を捕らえた。
「あー、ゴホンゴホン、あー、あー、あー」
突然、ジークが発生練習を始めた。まるで、これから歌でも唄うように――これから、高い声でも出すように。
そして、納得いくくらいになったのか、最後にゴホンと咳ばらいを撃って。
上目遣いで、旅人を見上げた。
……いや、身長的にジークは170㎝もないので、自分より背の高い旅人を見上げるのは当然なのだが、身体を擦り寄せているのは、ジークの策略である。
「あっ……な、何を!?」
うろたえる旅人。
もう一押し、とジークはにんまりと、どす黒く笑い。準備万端の声色で、口を開く。
「お願い……、教えて?」
「……っ!!」
旅人の男の息が止まった。
それ程までの、衝撃だった。
なぜならば、この男の声が先程までの、男らしい低音の声ではなく、まるで可憐な少女のような、高く澄み渡る声に変わっていたのだ。
それで、もはや女性にしか見えず、更にジークは絶世の美女のような外見、加えて距離が近い上に上目遣いである。
「――がはっ!!」
旅人は、成す術もなく、ジークが男だと言う事も忘れて、陥落した。
†††
その後、酒場のマスターがジークに関して言っていた事を洗いざらい全て吐かされた。何回か、抵抗しようとしたが、無駄に終わる。
全部聞いたジークは『ほぅ……』と、こめかみをピクピクさせながら、撃破したチンピラ達の所有物を剥ぎ取りつつ、『今日は金が入ったからなぁ……、会いに行ってやるぜ、待ってろよマスタぁああああッ!! 阿覇ッ、阿覇覇覇覇覇覇覇覇ーーッ!!』と笑っていた。
もう、近付きたくない。
そう思い、旅人の男は、速やかにその場から退却した。
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