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今となっては昔の話だ。
どこにある国かも覚えていない。
ひとり流れる旅の途中。
私はとある国にたどり着いた。
――
「そこで何をしている!」
正式な手続きを経て入国したこの国で一番初めに聞いた声は、そんな怒号だった。
声のした方を振り向く。
そこには豪奢な服に身を包んだ、グレーの瞳をした男がいた。
男はわたしに詰め寄り、
「そこで何をしていると聞いている!」
「はぁ」
何をしていると言われても、わたしはただ歩いていただけだ。
そう答えた。
「貴様、旅の者か?」
「ええ。ひとり、ただ流れています」
「俺を見てどう思う?」
「いえ、特にこれと言って」
正直に答えると、男は唐突に人懐っこい笑顔になった。
「いや、そうかそうか。いきなり怒鳴りつけてしまって、悪いことをしたな」
「いえ、気にしていませんよ」
「いや、これはせめて詫びの気持ちだ。どうか受け取ってくれたまえ」
そう言って男がわたしにくれたのは、見たこともないほど大きくて綺麗な赤い宝石だった。
「こんな高価な物をいただく訳には」
「はっはっは。いいんだ、宝石ならまだまだたくさん持っているからな」
ふむ。
たしかに服も高価な素材だし、この男は貴族の者だろう。
断る方が失礼な身分なのかもしれない。
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