悪夢

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「とにかく、患者を無事に帰宅させることが第一優先だ。できるところまで治療はやるぞ」  こんな状況の中冷静な院長の言葉を合図に、仕事モードに強引に切り替える。しかし、今思えばきっとその時の私は笑えていなかった。とにかく早く家に帰って、家族の安否確認をしたかったのだから。  そんな思いをグッとこらえて平然を装い、スタッフ全員で治療を始めてからすぐ再び地面が揺れ始める。余震だ、それもかなり大きい。  思わず患者に触れる手が、恐怖で小刻みに震える。身体が言うことを聞かない。いつも「明るい笑顔の先生」と周りから言われる、私らしさなど無かった。所詮、一人のちっぽけな人間なのだ。  これまでの人生を思い返して見ても、これほど恐怖に支配されたことはない。緊急事態だった。
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