序章 1

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桜の木の中には、小さな妖精のような人がたくさん住んでいる…。 それは、京子が子供のときに信じて胸にしまっておいた、秘密の寓話だった。 農家を営む実家の玄関前に、吉野桜の大木があって、 幼い京子にはそこが格好の遊び場だった。 泥んこを使ったおままごとも、三輪車の乗り方も、 京子はここで覚えて過ごした。 根元にシートを広げ、お気に入りの玩具や絵本を広げ、 木漏れ日が西に傾くまで飽かず遊んだものだ。 だから大人になった今も、桜の葉や花びらの匂いには京子の原体験が詰まっている。 そのために、春が訪れ開花が近くなると京子は、体の芯がうずうずして、なんとなく落ち着かない。 嬉しいような泣き出したいような、不思議な感覚が沸き起こってくるのだ。 小学校に入学すると、校庭の一角にやはりお気に入りの桜の樹を見つけた。 昼休みが終わるぎりぎりの時間まで、友人と遊ぶこともなく、本や折り紙と共に、木の根元で過ごした。 京子が本を読んでいると、時折、桜に寄生する毛虫が、ポトリと落ちてくることがあった。 自宅で慣れっこになっている京子はまったく気にせず、優しく摘まんで木の幹に返してあげるが常だ。
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