第一章 ―始まり―

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第一章 ―始まり―

彼女の視る夢にはいつも、赤金色の髪を風になびかせ、榛色の瞳を持つ幼い少女が現れた。 幼い少女が見つめる先には、真っ白な髭と白髪を長く伸ばした老人の姿。 全身を覆うように灰色のマントを身に纏い、そのフードから覗く瞳は容姿とは裏腹にひどく穏やかである。 彼は何をするでもなく、ただ静かに少女を見つめていた。 突然現れた見知らない老人に戸惑いを隠せず、少女はその瞳に微かに恐怖の色を浮かばせている。 互いに言葉を発することをせず、ただ静かに見つめ合っていた。 幾何かの時が過ぎた頃、老人は少女に手を差し出し静かな言葉を紡いだ。 瞬間、二人を取り巻くかのように突風が吹き乱れ、老人の声は風にさらわれた。 幼い少女は、微かである老人の声をその小さな耳に捉えたのか、ふいに悲痛に顔を歪めさせた。 ―おいで……― そう言って、少女の名を呼んだように思える。 少女の榛色の瞳が大きく揺らぎ、焦燥にも似た感情がその瞳に沸き上がっていくのを彼女は見た。 ―…この手を取ってはいけない…― 何処かから、そんな声が聞こえた。 この手を受け入れる代わりに、この小さな少女の何か大切なものが失われるような予感を覚える。 まるで近い未来を知っているかのように、少女はくしゃりと顔を歪めるとその身を震わせた。 ―この手を取ってしまえば、今まで大事にして来たモノを失ってしまう…― そんな大きな不安に困惑し、それでも涙を零すまいと少女は唇を噛み締め、恐怖をぐっと堪えている。 老人は少し困ったように微笑んで、穏やかな声でもう一度だけ少女の名を呼んだ。 ―さあ、おいで   ……― 驚くほど柔らかい声音。 少女はついに涙を溢れさせ、声を上げた。 それはとても、喘ぐような悲痛な鳴き声だった。 少女はこの手を受け入れるほか生きていく道がないということを知っている。 彼の腕の中以外に、少女の帰る場所がないということを、頭のどこかでそう理解していた。 少女が大事にしていたモノなど、すでにこの世界の何処にもないということも。 少女には最初から、もう失うモノなんて何一つとして無いということも……。 泣きじゃくる少女はついに老人の手を取った。 ふわりと抱き寄せられ、老人はその小さな体を守るように抱き締めた。  image=462652907.jpg
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