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俺の代わり映えのしない日常は、急速に変化を始めた。
「今日は葵と出掛けるから、これ渡しとくね」
最近の坂下さんに笑顔が増えてきた。勿論それは良いことなのだが、俺はそれが少しばかり面白く感じなかった。
彼女から手渡された小説を受け取ると、「ありがとうございます」と、頭を下げる。
坂下さんは葵様と過ごす時間が日増しに増えて行き、俺と過ごす時間は殆ど無くなっていた。
「葵がね、映画を見たいんだって!あの葵がだよ可笑しいでしょ?あはは」
俺は嫉妬していた。
彼女は俺の最も欲しているポジションを得ている。
葵様の声を聞き、葵様に見つめられる。
なんて幸せな事だろうか。
「楽しそうですね」
そう冷たく答えると、俺は玄関先の掃除を始める。毎日掃除される為に汚れなんて殆ど見当たらないが、忙しさをアピールする様に大袈裟に動いてみせる。
「あ、ごめんね、邪魔しちゃったかな・・・」
坂下さんは、ホントに良い人だ。俺の様な使用人にも気を遣ってくれるのだから。
胸の奥で罪悪感が芽生える。
「大丈夫です、楽しんで来てくださいね」
俺が笑顔を造って見せると、坂下さんは満面の笑みで頷いた。
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