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「ヨォ、そこの兄ちゃん。ちょっと止まりな」
―――時は八時。
太陽がそそくさと身を隠し、目が痛くなるほど強いネオンライトが街を彩っている時間帯。
場所はベムルークの無法地帯の中でも危険な領域No.1に輝く実績を誇る、通称“殺人通り”。精神が正常なら間違いなく近寄らねぇ――そんな場所だ。
そんな場所を一人で歩いていた俺。
だが、分かってくれ。興味本位でこんな場所に来るわけがねぇ……と。
もし誰かが興味本位でここに来たとしたら、「短い人生ご苦労様。自殺希望の方?」と俺は話しかけるに違いねぇからだ。
そして今。十人の不良がニヤニヤしながら、牛バラ肉満載のビニール袋を両手に持つ俺を取り囲んでいる。
悪い予想は見事的中。絶体絶命のピーンチ。
俺って奴は女性にはモテねぇのに、人相の悪い強面さんにはこよなく愛されてるらしい。
もう街を歩けば暴力、カツアゲ、憂さ晴らし……そんな熱烈アプローチ。やれやれ、人気者は愛されすぎて困っちゃうぜ。
ほぅらまた来た、と小さく舌打ちすると、のそのそと熊のような男が近づいて来た。
見る限り背丈は、俺より高い。約ニヘート位が適当だろう。
剥き出した胸筋には、お世辞にも趣味がいいとは言い難い髑髏のタトゥー。半袖の厳つい革ジャケットを素肌の上に着るという暴挙。理解しかねるセンスだ。
随分と個性的な趣味の持ち主らしい。
そいつがぎらつく金歯を覗かせ、ドスの利いた声を掛けてきた。
「こんな場所に何の用だ、兄ちゃん? ……まぁいい。丁度良いところに来たな」
金髪マッチョが手に持っていた黒い塊を、無造作に地面に投げ捨てる。
ぐちゃぐちゃっと生々しい音をたてた物体が二度転がり、ツンとした嫌な臭いが鼻をつく。
――――これは……血?
暗くて色は分からねぇが、嗅ぎ慣れたこの臭い……間違いねぇ。
俺は足元に転がってきた物体に目を注意深く向けた。
それは腕や脚が有り得ない方角にひしゃげている。
顔の部位が正確に分からねぇ程、ぐちゃぐちゃにされたおぞましい人間の姿。
視線を金髪マッチョに向けると、手に付けている武骨なメリケンサックから血がポタポタと滴っている。
「俺が言いてぇのはな、こいつみたいになりたくなきゃ」
灰色のフードを深く被る俺の耳の側まで近づけ、小さな声で脅すように囁いた。
「金を寄越せって訳だ」
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