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「……金は持ってねぇよ」
これは紛れもねぇ事実。
布の財布は悲しくなるほど軽く、もはや財布の意味を成さねぇ、ただの袋の残骸。
それを聞いた金髪マッチョは予想通りキレだした。
穏やかな表情は先程と一変。鬼のような表情が俺に向けられている。
顔の筋肉がヒクつき、怒鳴る度に唾を撒き散らす姿がなんとも汚ぇ。
「嘘ついてんじゃねぇぞコラァ!! テメェも死にてぇか!」
「ヒャッハーッ!!やっちまえよぉ、こんな雑魚!」
周りの不良共は、馬鹿にしたような小高い笑い声を発した。
弱り切った獲物を発見した肉食獣のように、声を上げて歓喜している。
金に飢える獣の視線を捉えた次の獲物は……俺。
大量の肉を両手に抱えている少年が、たった一人で歩いているのだ。無論、それは恰好の標的と認識されたに違いねぇ。
同様の状況に追い込まれた前の犠牲者は、服装を見るに、おそらくこの国の者ではねぇな。
ターバンらしき物を頭に巻くのは、砂漠越えする者達だけだし。
好んでこの国に来る者はいねぇから……砂漠の横断途中で道に迷った旅人といったところか。
まさか夢にも思わなかっただろうな。
ネオンの強い明かりに誘われた場所が、かの有名な“殺人通り”だったとは……。
不運な運命を辿った、ピクリとも動かない不気味な物体。
一瞬目を向けるが……直視はしたくねぇぜ。
ふと視線を戻すと、筋肉隆々の右腕を後ろに引き、俺の顔目掛け殴りかかる金髪マッチョ。
――それは単純な殴打。
しかし、普通の人間とは常軌を逸する太さとスピード。見かけ同様にゴツい攻撃手段である。
そして金髪マッチョは口を開いた。
「あの世で後悔するんだなぁ!」
ジャリッと地面の石が、踏み込んだ足で擦れ、ブレーキ無しの極太な右腕が唸りを上げながら迫り来る。
初めて直面した奴なら、恐怖に震えて足が反応せずに即お陀仏。早々と天に召されるだろう。
……だけどな、俺は“ここ”を殆ど“一人”で生き抜いてきた――いわば戦闘のエキスパート……などでは全くねぇ。
本当の俺はありとあらゆる手段で乗り切ってきた逃げの達人。
一対十で囲まれた挙げ句、変なムキムキの不良とタイマンだと?
――――負ける気しかしねぇよ。
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