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先生が車を出すと、振り返って見えなくなるまで小さくなる旅館を見つめていた。
女将の気持ちを考え、一つ目のカーブを曲がってから封筒をバッグから取り出した。
「これ、返すように頼まれたの…」
先生は封筒に一瞥をくれたものの、何も言わずに前を見たままハンドルを握っていた。
「女将さんに、先生を連れて来てくれてありがとうって…言われた」
「お前がいなかったら、こんなことにならなかったし…俺、絶対に帰ってないからな」
少しのことで大きく変わったり、何も変わらなかったり…行く先なんて誰にもわからない。
「また春に来るって高瀬さんと話して、女将…先生のお母さんと一緒に池を見る約束したんだよっ」
「ふーん」
素っ気ない返事をした先生の横顔は、すごく満足げで嬉しそうに見えた。
「あっ…先生あれ、何のお茶なの? それにビール盗んだでしょっ?」
「全部混ぜたから名前はないよ、昔に高瀬が寝込んだ時に作ってやったら喜んでたから。ビールは…飲むの忘れてた」
「………」
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