終わりの始まり

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自分の事を、僕、ではなく俺、と呼ぶようになった時期なんて覚えていない。 それと同じくらい無自覚に、俺は握り締めた銃の引き金を引いた。 火薬が弾け飛ぶ振動で痺れる指に歯を食いしばった。 噛み合わない奥歯がぎしりと軋む音をたてる。 それでもただひたすらに、とおく人の頭目掛けて…― 雨空の虚空を仰ぐ鳥は、彼の様に高く泣いていた。 いつの間にかそこでは、銃声と、地面で雨粒が弾ける音、二つしか存在しなかった。 部下も友も沢山死んだ。 それでもやらなきゃいけない。 伝えなきゃいけない。 頬に飛んだ友の鮮血を、腕で乱暴に拭い去る。 僅かに辺りを隠そうとする霧に目を細めながら屈めていた身を立ち上がらせた。 肩を上下させて息を吐き出すと白く凍り付いた。 一歩踏み出すとぱしゃん、と水が跳ねる。 それを始まりとして歩き進めた。 一面に散らばる誰とも分からないぐちゃぐちゃになった人の残骸。 敵か味方か、血に染まった軍服でしか判断できなかった。 その中にもし彼がいたら―… 考えるだけでぞっとする。 これは彼を殺すための戦争じゃない。 独りで立ち上がるための戦争だ。 生臭い血の臭いに眉を潜めて、泥を踏み締めた。 行こう。 後悔なんてしてられないんだ。 喉を焼く胃酸にぐっと唇を噛み締めて、声をあげた。 「…アーサー!!いるんだろう!!」 戦場で大声を上げ、銃を構えていないなんて、自殺行為だろう。 それを見逃す彼じゃない。 それを知っている。 あの優しい表情(かお)の下でどんなに血に塗(まみ)れたか。 体中が、どれだけの傷で覆われているか。 彼は今、必ず、どこかで狙っているだろう。 俺の心臓か頭、どちらかに銃口を向けて、そっと息を潜めて。 「…もう止めてくれ。もう、止めよう」 最後は掠(かす)れてしまった。 彼に届いたかは分からないが、雨で掻き消えなかった事を祈った。
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