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アーサーは、何も言わなかった。
強がりではない。
きっと、君自身でさえ気付いていなかったのだろう?
どんなに、苦しげな表情(かお)をしていたか…―
途端に、彼は抵抗を見せた。
「っ…離せ…!!」
力任せな歯向かいに、アルは腕を解くしかなかった。
そして次は、至近距離で銃を構えられた。
銃口に付いた細長いナイフが、喉を狙っている。
吐息も荒い彼はまだ、涙を止められない。
ぼろぼろと雨より激しく降り注ぐそれはきっと、心を枯らそうとしていたのだろう。
ぎりっと歯を食いしばったアーサーは引き金に指を引っ掛けた。
「…軍勢がどうであれ、俺がお前を殺せば俺の勝ちだ」
「君にそんな事出来ない」
「出来る。引き金を引くだけだ」
「…君には出来ないよ」
だって俺には出来ないから。
声は出なかったけれど、アーサーはぐっと何かを堪えているように見えた。
しかし彼は揺るがなかった。
数歩だけ下がって彼は、
「………銃を構えろ」
隙の無いその姿勢のまま目線で彼は従えと訴える。
アルフレッドは、従うしかなかった。
伝えたい事があるというのに言葉に出来ない。
その無能さを呪う。
だけど実際そんな悠長な時間を彼が与えてくれる訳がない。
そんなに、手を震わせているくせに…
いつもなら可愛いで済むそれも、今では哀しいくらい憎かった。
そして、こうするしか思い浮かばなかった自分も、憎んで憎んで憎んでも憎みきれなかった。
自分を押さえ込んで彼に銃口を向けた。
唇を噛み締めて、ありったけの力を込めて、からからに渇いた喉から声を搾り出した。
「…なぁアーサー、やっぱり俺…自由を選ぶよ」
彼の元から、旅立つ。
旅立たなければいけない。
苦し紛れに息を吐き出した。
それに入り混じって、後ろから人の足音が聞こえた。
銃器の重苦しい音が響き合う所と聞き覚えのある声がある所から恐らく、生き残ってくれたアルフレッドの軍勢であろうことが伺えた。
それらは小さな軍でアーサーの姿を確認するなり一斉に銃口を向けた。
彼は屈することなく、真っ直ぐにアルフレッドだけを見詰め続けた。
それは、憎悪か、他の何かか。
分からなかったが、その瞳に映っているのは今、アルフレッドただ一人だった。
その恐ろしいまでの真っ直ぐさに背中が粟立つ。
恐怖ではない何かが、背中をはいつくばっていったのだ。
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