〈アンダール・シウダ〉

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    †  †  † 二月の福岡は寒暖の差が激しかった。中旬には気温がやや上がり、気をゆるめているとすぐに寒波が舞い戻ってきた。月末の今は暖房の効いた店内でも寒がりのデュカスには厚手のセーターが必要だった。 若緑色のハイネックセーターを着た彼は壁に並んだ時計の群を見やり時刻を確かめると椅子から腰を上げる。午後一時四六分。村井時計店の本日の来客は午前中に来た一人だけだ。 カウンターの右手にある入り口に向かい外の空気を吸おうとしたデュカスはガラス越しに見る眩しい青の空に驚きを感じた。シャッターを降ろしたままになっている元菓子屋の上、久しぶりに見る快晴の空があった。路面に暖かな日差しがかかり目にしているだけで体の奥がぽかぽかしてくる。午前中はこのところずっとつづいている曇り空だったのに。 あーバイクで走りてー。 デュカスはバイクバカなので真っ先にこのことが頭に浮かぶ。しかし実際に走れば尋常でなく寒いはずだった。ガラス越しでも冷気は伝わってくる。デュカスは入り口のドアを開ける気にはならず、暫しぼうっと外を眺める。 ま、夕方にケーキでも買いに行くか… そうぼんやりとこれからの予定を立てた彼が奥に引き返そうとした時だった、 彼は嫌な気配を感じた。よく知る気配である。ドアから距離をとり、立ったまま彼は気配の主を待つことにした。 男がドアを押し開け、入ってくる。金物屋のせがれで同い歳二八の香坂武志である。店内を見渡し客がいないのを確認すると香坂はとげのある声をデュカスに投げかけた。
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