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「…………で…」
「………?」
「……行か…ない…で…」
リムは涙で濡れる瞳でツカサを見つめ、枯れた声で呟く。
服の裾を握る手の力は弱く、振り払う事などツカサにとって簡単な事ではあったが、彼はそれをしなかった。
ツカサはズボンの裾を握る手を重ねる様に握り、スルリとズボンの裾からリムの手を離させる。
そして手を握ったまま床に膝をつき、ベッドに横たわるリムに目線を合わせた。
その行動に驚いたのか、リムの手がツカサの手の中でピクリと動く。
「……兄……ちゃ…」
「……なんだ…?」
「…この事……誰にも…言わ…な……」
「……ああ、分かった」
不安を心の奥に隠し、優しい笑みを浮かべてリムの手を握っている手とは別の手で、汗でベタつく彼女の髪の毛をそっと撫でる。
リムは安心した様に、ゆっくりと目蓋を閉じた。
そして数十分後、ツカサが頭を撫で続けているとリムは完全に眠りに落ちた。
息も正常さを保っている。
それに安心したツカサは、さっきからずっと握っていたリムの手から手を離した。
―――ポトッ
「……ん?」
ツカサの手から解放されたリムの掌から滑り落ち、床に転がるそれを指先で摘む。
「カプセル錠の…薬?」
リムが支給か何かで手に入れたダイエット用サプリメントか、もしくは栄養サプリメントのどちらかは分からない。
だがこの薬は後者の方だろうと思ったツカサは黄色いカプセル錠の薬をリムが眠るベッドの枕元に置いた。
「大っ嫌いな薬を飲むなんて…仕事、よっぽど疲れてんだな……」
あの様に苦しんでいたのも、仕事の疲れか栄養失調が原因だろう。
そう思いながらツカサはリムの頬をそっと撫でて、なるべく足音立てないように部屋から出て行った。
リムが眠るベッドの下で歪に光を反射させる空の注射器に気付かぬまま――
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