その弟子、師匠を敬わない。

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 とある村の片隅に剣の師範をしている中年男性と、若い青年が住んでいた。  木造の古ぼけた、否、年季の入った道場の前で中年男性は弟子である青年に向かい直る。  池から赤と白の班てんを持つ魚がぴちゃり、と音を立てて跳ねた。  紺色の着流しと白の着流しが、樹からはらはらと落ちる落ち葉が、共に風に揺れる。 「旅に出よう」  中年男性のその言葉に、青年は『ついにボケたか』『老衰も近いな』と鼻で笑う。  しかしそれを言葉には出さず。 「いってらっしゃい」  ただ、淡々と無表情に彼はそう呟いた。中年男性は焦ったように彼の腕を掴み説得するようにガクガク揺する。 「いや君も行くんだよ!」  その言葉を最後まで聞いたのか聞いていないのかわからない間隔で、青年はまた淡々と言葉を返す。 「晩御飯までには帰ってきてください。あと今日の晩御飯は牛肉のステーキでお願いします」 「いやだから買い物に行くんじゃないの、旅に出るの! しかも牛って! 魔物肉以外は高級なんだよわかってんの!? あと君は弟子だろ! 私の愛弟子だろ! なんでそんなに上から目線なの!」  早口でまくしたてる中年男性。その言葉はただただスルーされ、青年が反応したのは最後の問いかけ。 「上ですから」  僕の方が。と勝ち誇った黒い微笑を浮かべる。中年男性はその表情に毎度のことながら恐れおののいた。
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