ザンゲルと夜想曲 #潮風の街から#

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階段が軋む音。 このアパートは風が吹いても軋む。 古い木造だ。 倒れそうな悲鳴をあげる。 管理人の下の階の老紳士は 『大丈夫だぁよぉ。この家は隙間空いてっから、通り抜けるれ~ヒャハハ』 と言っていた。 掃除が確かに意味ない、プライバシーは守れるが外なのか中なのか分からないような野性的な家。 「お姉ちゃんごめんね!ママに捕まっちゃてね!…あ、見てたよね」 妹は姉の窓辺の簡素な打ちっぱなしの木のテーブルに頬杖つき、目を細めたという動作を見ただけで理解したようだ。 「オレンジ貰ったんだ~」 「ふ~ん。誰から??」 「でね、港の金物屋さんの先の果物屋さんあるでしょ??レモンが奇跡の6ピールで売ってる」 「…で?」 聞いてないのか、あえてなのかは一瞬考えるが、考えてると話題は通りすぎていく…。無かったことにいつもしている。 私は買い物はしない。以前やってみたら家事というのが分かってないと一刀両断された。私の仕事はおまけに夜の仕事。 知らない上に知るわけがない。 「そこのおばあちゃんがお嫁さんと食の好みが合わないんだって。パスタとか食べたいのにサンドイッチが良いって。トマトソースにモッツァレラたっぷりの温かいパスタじゃないと、って」 「ほー」 妹は感慨深げにため息をつき、ティーポッドを用意しつつ 「そしたら無性にサンドイッチが食べたくなっちゃって」 妹は買い物カゴからライ麦パンを取り出した。 「おばあさんのパスタ談義が無下になったが…」 「でね、タマゴもおまけで2パックもらっちゃったからね、丁度良いな~って」 そこのオヤジ…おじさんはいつも君に色々持たすじゃないか。魚屋なのに。
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