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(――え?)
僕の唇になにかが触れる。
驚いてまぶたを開くと、すぐ目の前に彼女の顔があった。
触れているのは、まるで桜の花びらのような彼女の唇。
しかし、僕が本当に驚いた理由はそれではない。
(…冷たい)
彼女の唇はまるで雪のようだった。
ふわりと、彼女が離れて唇の感触がなくなる。
その表情には、あの悲しげな微笑み。
「…千尋クン、ありがとう…」
涙混じりにそう呟くと、彼女は背を向けて走り出す。
「――月詩!」
なにがどうなっているのかわからないまま、僕は教室を出ていく彼女のあとを追った。
体力に自信があるほうでは決してなかったが、追いつけなくなるほど遅れて飛び出したわけでもない。
にも拘わらず、教室を出るとそこに彼女の姿はなく、暗く静かな廊下が伸びているだけ。
「どうなってるんだよ、いったい…」
唇にはまだ、まるで月のように滑らかな彼女の感触が残っている。
――いつしか、外の雪は止んでいた。
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