暮れる

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汗だくのスーツ姿の男は冷気を盗みにいくように、電車に飛びついた。 そして、吸い込まれるように疲れた体と通勤鞄を柔らかな赤い長椅子に放り投げ、少し落ち着いた所で改めて自分の売り上げを確認する。 (こんなノルマ、超えられる訳ないじゃないか……) 男は、保険会社に勤めるセールスマン。 鞄にぎゅうぎゅうと詰め込まれた、健康保険のパンフレットを小脇に真夏の日差しの中、敷き詰められたように連立する無数の家々を、ひたすら駆け巡っていた。
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