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「思い出と付き合うのがもう少し上手くなれたらな。」
男性は言った。
男性の名前は「江戸前たかし」
彼の過去をよくは知らない。
たかしが言う事によれば「統合失調症による性同一性障害」とのことらしい。
専門外なことはよく判らない。
「大変だったんだよ。本当に昔は。
これでも自分と向き合うのが上手くなったと思うんだだけどね。今は」
たかしは言った。
バターの香ばしい臭いが部屋に充満してきた。
たかしは、私に振る舞うためのパスタを用意しているのかもしれない。
恐らくあさりをバターで炒め始めた所だと思う。きっとそうだ。
『へぇへぇ。どんなだったのさ』
「んとな。簡単には説明出来ないんだけど。俺は産まれた時から女だったんだよ。」
どう見ても男にしか見えない、男っぽいその顔から吐き出されるセリフは、まるで、買い物にいった主婦が、
「私は女よ。今でも若いのよ。この化粧品は効くのよ。よく効くのよ」とメーカーから広告費を受け取ったわけでも無いのに、頑として言い張る。そんな姿を私にイメージさせた。
私の考えたイメージは空を舞って小さく飛散する。そしてそれを鳥がついばみ、また、各地に散らばる。きっとそうだ。
私のイメージを壊すようにたかしは話を続けた。
「親父に殴られるような事は無かったんだけど、駄目親父で、尊敬できなかったからかも知れないって…今は少しは思うんだ。
でも母親は良い人じゃないかと思うんだ、今でも連絡取ってる。」
『ふ~ん。そうなんだ。もうちょっと軽い話は出来ないものかね』
私は、読みかけの雑誌を手に取った。
そして、親鳥が私のイメージを小鳥に口移しした所で、私は主婦のイメージを考えるのを止めた。
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