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地面は段差があり、複数個のお墓が一段づつ並んで街を見下せるようになっていた。
「足元気をつけろよ」
『女性に気遣いされるとはね。
まだ女に成り切れて無いんじゃない』
「いや、お前に対してぐらいだろ。
素性がばれていたり、仲良くなったり、同じタイプの男にならこんな口の聞き方になっちゃうんだよ」
たかしは強い風で飛ばされそうな「女性用かつら」を必死で抑えている。
なんでこんなにしてまで女でいたいのか。そんなにしてまで何を守ろうとしているのか。尊厳って奴?
「おっとここだね」
たかしは四段目くらいの墓で曲がるとある墓の前で止まった。
「江戸前家」
と書かれた墓標の横に「江戸前祐介」という名前が書かれている。
「これ、家の親父。今は骨になっちゃったな。」
たかしは、花を飾るとともにお墓を雑巾と水で掃除し始めた。
私はまたタバコに火をつけた。
勿論空き缶は持参している。幽霊さんの恨みは怖い。抜かりは無い。
「ここでも吸うのか、不謹慎だな。」
『どうせ誰も見ていないじゃない。』
周りには人影は無い。
今は墓参りのシ-ズンではない。幽霊はいるかもしれない。
「骨になっちゃえば記憶も存在も全て消える…か」
たかしは線香に火を付けて拝んでいる。
『たかしの中に生きているじゃない。あなたが苦しんでるのはお父さんと瓜二つだからよ。あなたが生きることはお父さんが生きる事だわ』
もっともだ。私もたまには良いことは言える。
「…よせよ」
たかしは特にうれしく無いようだ。
「間もなく妹も此処に入るかも知れないんだ」
『えっ。あの妹さん?』
たかしには確か妹がいた。
私と同じショ-トカットでボーイッシュなスタイル。
私も化粧をして、着る服を変えればあんなふうになれるのか。いや、なれるさ。私が望むなら。
『どうかしたの。妹さん』
「あぁ。車にひかれて入院中。
でも、どうもおかしいんだ。警察によれば自分で飛び出したかもしれないって。
あいつも大変だからな。
俺と同じで」
『大変って?』
大変なのは一人で十分。そう思った。
ひとまず墓の手入れは終わったみたいのようで、
たかしは車に戻るため少し足早になっている。
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