お題:ヒーロー

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 ヒロインが崩壊した世界を遊歩しているシーンから、物語は幕を開ける。  痛々しく上体のもげ落ちた高層ビル群や、惨めに地へ伏す軽薄な色彩の広告看板、卑屈にへこんだ車、大小交えてゴロゴロと哀れに転がっているコンクリート、×××の×××。 それらは全て、薄い雲のヴェールの向こう側から降り注ぐ太陽の白々と軽蔑し切った眼差しに曝されている。 かつて栄華を極めた未来都市は、現在瓦礫の山と化し、野蛮な爆撃音と共に風が崩落の悲鳴を上げ、真新しい硝煙の臭いや動物の腐臭が暗い影のようにはびこっていた。  そんな世界を華やかな芳香が横切る。 乾き切った埃まみれの風に吹かれ、芳しく艶やかに翻る甘やかな蜜色の髪。 花びらのように可憐な足跡を残しながら瓦礫の山をふらふらと危なっかしく登っていく、プラスチック製のチープなサンダルを引っ掛けた華奢な足。 パールホワイトの簡素なワンピースの袖口からは、白百合のような瑞々しさを湛えた腕がスラリと伸びている。 その体躯は胸や腰にほのかな丸みが見られるものの、いかにも細く、また、いかにも柔らかいであろうことが容易に想像される、甘酸っぱい少女のシルエットをしていた。  彼女の歩みに迷いはない。 大きめのサンダルを履いたその足は、瓦礫やゴミや×××を思いきり踏みつけて行く。 しかし、足場の悪さゆえにその足取りはおぼつかず、一歩踏み出すたびにガラス玉のような体は不安定に揺れた。 もし少女が躓くようなことがあれば、鋭く尖った世界の破片は、たちまち彼女の柔肌を傷つけ、傷口から溢れ出す熱い真紅の血が灰色の地面を彩ることになるだろう。  少女は自分の体がどれだけ脆いのか知らないのだろうか。 いや、彼女はすべてに対して無関心なのだ。 気品を感じさせる細面、あどけない桃色の頬を持つ小さなその顔に、見る人に猫のような印象を与えるであろう円かな目が備わっている。 その瞳は、灰色の世界に唯一残された、最後のスカイブルー。 感情という名の不純物が一切含まれていないその瞳は、どこまでも深遠に澄み渡り、ただただ破滅的なまでに美しいのだった。  
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