お題:ヒーロー

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   何故、こんなにも奇跡のように美しい少女が、こんなにも荒廃した世界に存在しているのだろうか。 すべてのものが刺々しく荒れ果てているというのに、彼女のなめらかなミルク色の素肌には傷ひとつないのだ。 暴力的に壊滅しつくされた世界において、その無防備な美しさは明らかに不自然だった。 少女はいったい何処から来たのだろうか。 少女はいったい何者なのだろうか。 もしこの場に居合わせた人物がいたとすれば、そう疑問に思うことだろう。 もしかしたら少女に直接問いただし、疑問を解き明かそうともしたかもしれない。 しかし、残念ながらそんな人物はこの場に存在しなかった。 仮にそんな人物が存在しても、当の少女自身が、自分が何者なのかということ知らず、また、自分が何も知らないということにも気づいていないのだった。  少女が瓦礫の山の頂にたどり着くと、そこには巨大なショッピングモールの死骸が大きな口を開けて彼女を待っていた。 強引に打ち砕かれたかのようなその壁穴は、見上げれば目眩がするほどに広大だ。 少女が夢見るような眼差しで屋内を覗き込むと、そこには崩れ落ちた天井や倒れた棚等が累々と積み上げられており、視線を奥へ送るに連れ、それらはよどんだ闇へ溶け込んでいっていた。 天井も遠い暗がりに消えている。 風が壮大な空洞に重々しく反響し、溜め息のように陰鬱に湿った空気が少女の頬を舐るように撫でつけて行った。 少女の髪が爽やかに舞い上がり、淑やかに肩へ舞い落ちる。  そのとき、少女の瞳に初めて一筋の光が映った。 巨大な廃屋の奥底で何かが星のように瞬いているのを、空色の眼が捉えたのだ。 けして強いわけではない、針のように細い光。 その光が少女には、危険な洞窟の奥地に幽玄と佇む秘宝のように見えた。 あそこへ行きたい。 少女の心に初めて好奇心というものが煌めいた。 彼女は遠い微弱な光に導かれるように、そっと、廃屋へと片足を踏み入れる。 パキリ。 ヒビの入っていた薄い木の板が割れ、その下の頑丈なタイルが少女の足を受け止めた。 彼女は桜色の唇を緩く結び、もう片方の足も踏み出す。 そして毅然と前を向くと、もはや遺跡と化したショップモールの喉元を通り、歩みを進めていった。  
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