お題:ヒーロー

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   少女のいじらしい足音が、暗闇に果てしなくリフレインしていく。 足元が見えない中、彼女は一点の光を目指し、一歩一歩着実に前進していた。 はやる気持ちを抱きながらも、冷静さは失わない。 少女とはそういう生き物なのだ。 この危険な洞窟探検の最中にも、少女の素肌には傷ひとつ付くことはなかった。  長い長い時間をかけて、少女はようやくこじんまりとした日溜まりに辿り着いた。 遥か彼方の天井に穴が空き、小さな隙間から日差しがスポットライトのように射し込んでいたのだ。 温度のない日光によって白く切り取られたその場所に、少女を惹きつけた光が半身を砂と埃に埋め、静かに彼女を待っていた。 その正体は、優美で精巧な装飾が施された、鮮烈なエメラルドグリーンのグラスだった。  少女は愛くるしいほどに繊細な指でグラスを優しく手に取ると、軽く埃を払い、それをしなやかな動作で日の光にかざした。 複雑にカットされたガラスの中で燃えるような若葉色の光が乱反射し、グラスから弾けるように炸裂する。 その光輝は少女の青く冴える瞳と重なり、彼女の眼は豊かな生命力溢れるマリンブルーに輝いた。 破滅の気配を孕んだ重苦しい闇を背景に、感動に震える少女の清らかな体躯。 グラスを見上げる、あどけないながらも凛とした顔立ち。 この瞬間、無残に打ち壊された世界の中心で、彼女は絶対的な美しさを誇っていた。 むしろ世界が醜くければ醜いほど少女の清純さは際立ち、その魅力は艶やかに輝いたのだ。 少女は麗しく、そして、ひとりだった。 このまま永久に時が止まってしまえば、どんなに良かっただろう。  静かな時間は、唐突に終わりを告げた。 耳をつんざくような爆発音が轟いたと同時に、少女から数十メートル離れた場所にあった壁が吹き飛ぶ。 そして、崩れた壁の向こう側から、粗暴な足音と共に五人の男が姿を現した。 全員、鼠色のヘルメットと、同じく鼠色の戦闘服を身にまとい、べたべたと汚らしく脂ぎった黒髪に、薄汚れた黄色い肌をしている。 男達は何かを激しく喚きたてながら物騒な黒金の鉄を振り回し、荒々しく瓦礫を蹴散らしながら少女へ駆け寄った。 グラスを胸に抱いて恐怖に固まっていた少女は、瞬く間にこの男達に捕らえられてしまった。  
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