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「それは明らかに不自然だった。
ある日の午後。
作家である僕は、行き着けの喫茶店でコーヒーを飲みながら『自然の産物』というテーマの小説を書いていた。
熟成された渋みが立ち込める店内。
その奥の円い窓から降り注ぐ乳白色の光が、テーブルの上に投げ出された原稿用紙をひんやりと照らしている。
てつてつと穏やかなリズムが聞こえ出したところをみると、どうやら外では雨が降り始めたらしい。
ちょうど雨のシーンを書いていたところだった僕は、文章に雨音を滲ませていく。
コーヒーをひと口自分へ流し込むと、ふくよかな薫りと物語のイメージが頭の中に広がり、銀のペン先は原稿用紙の上を機嫌よくさらさらと滑った。
今日はずいぶんと調子がいい。
このペースならば今回は余裕で締め切りに間に合うだろう。
前半の山場までをスムーズに書き終えたところで、腹がへったな、などとぼんやり考えながら、一息つこうとペンをテーブルの上に転がした。
そのとき、どこからかキリキリと金属が軋むような音が聞こえてきた。
いったい何の音だろう。
耳慣れない音を視線で追うと、いつの間にか僕から少し離れた席に、1人の女性が腰掛けていることに気がついた。
その瞬間、僕の体に衝撃が突き抜ける。
女性は黒髪で、特に美人というわけではない。
女性に対してこう言っては失礼かもしれないが、目尻が垂れた優しげな目も、唇が厚い割には小さい口も、可愛らしくはあったが、まぁ普通だ。
猫背で少しスレンダーすぎる体型からも、スタイルが抜群にいいという印象は受けない。
しかし、彼女は僕の視線を釘付けにするには充分すぎるものを持っていた。
僕は自分へ、夢から覚めろ、と言い聞かせるように、わざとらしく目を擦る。
そして、再び彼女へ目を向けた。
やはり、刺さっている。
彼女の背中の肩甲骨あたりの位置に、1本の金色の棒がブッスリと突き刺さっている。
その棒からは丸い穴のあいた薄い鉄板が翼のように生えており、それがキリキリと音を立てながらゆっくりと回っていた。
そう、それは――
――『ゼンマイ』だ。
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