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一瞬の間を置いて、敵対する者たちが笑いをこぼした。ヴィンセントと名乗った男に関しては大笑いだ。
苛立ちを感じ、彼が刀の柄に手をかけると、その上から誰かの手が押さえつけた。
いつの間にとなりにいたらしい赤い女が、彼の手を抑えていたのだ。
「感情に振り回されるな。自我を持て」
囁いた声は恐らく自分にしか聞こえない声だ。じかに手を触れられるのは虫唾が走ったが、理解した。リコリスはやはり自分と同類だ、と。
ただ、力の存在を忘却し、封印した彼と違い、それは常に開いている。
リコリスが炎の魔神なら、さしずめ彼は風の魔神というべきか。大地を動かす力を持った、土地を守る鬼の頭だ。
少しだけ振り払うように手を下ろすと、リコリスはそれ以上なにも言ってこなかった。
そういえば炎の騎馬隊が消えている。今更気付いた自身に、どれだけ冷静でなかったのかを思い知った。
「まぁいいでしょう。さあ、鬼頭阿修羅。あなたに最後の選択です。何人かには逃げられましたが、何人かは生き延びて我々が捕らえています。その者達の命がかわいいのなら、おとなしく降参しなさい」
ひとしきりにこるの言葉に笑い終えたヴィンセントが、反抗の余地はないと言わんばかりに釘を刺した。
彼の怒りが再び火をつけて火の粉を舞わせていたが、さっきよりも落ち着いている自分がいた。
線の細いにこるの背中。
隣に佇む鎧の赤い女。
情けないとも思ったが、見事に落ち着けられてしまったのだ。二人の女に。
ふ、と笑いをこぼして、彼は再び刀の柄に手をかけた。
「俺の部下だ。返してもらう」
そう言って、刀を構える。
二本さしてあるうちの、もう一本。蘭の顔色がわずかに変わった。
これは、物理的な攻撃ではなく魔術的な攻撃を施す刀だ。
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