0人が本棚に入れています
本棚に追加
彼の表情が、固く結ばれる。
せめて嘘で、茶番であってほしいと、彼は背中を預けてきた側近であり、数少ない友である蘭を見つめる。
だが、蘭の瞳に映るのは煌々とした敵意と殺意。そこに少しだけやさしさが滲んでいるが、それは自分は貴方を殺したくない、だから降伏してほしいという意味なのだろう。
ぎち、と彼は歯を食いしばった。苦渋の選択である。
彼の手から、徐々に力が抜ける。
悔しさで、胸がねじれそうだった。だが、取り囲んでいる力は恐ろしいものだ。
魔力を融合させて作った、兵器。
戦争に使われるはずのそれが、こんなちっぽけな吹き溜まりに向けて用意されている。
「蘭……、」
「ちょっと待ちなぁ、鬼頭!」
声があがった。はじかれたように声のした方を、彼と蘭の双方が見た。
「蘭、てめえふざけんじゃねーぞ。鬼頭に預かった恩をあだで返す気か!」
似た批難の声が上がる。
「……」
蘭の瞳から、一切の優しさが消える。殺戮を繰り広げるとき、蘭はきまってこの目をする。
「鬼頭、指示を」
誰かが重い声で言った。
「やめろ。俺は、」
「てめえらぁ、鬼頭を死守しろ!」
「!」
どこかであがった声に、ちっぽけでぼろい建物の天井を、大砲が轟音を立てて破った。
それを合図として、人が溢れる。中にあったあらゆる武器を駆使して、彼の部下が雄たけびをあげながらあふれ出てくる。
それに呼応するように、軍服を着た軍人と、兵器である人間が顰めていた身を戦場へと投げ捨てていく。
「っ」
彼の呼吸が、一瞬止まった。
目の前の惨状。はじまったばかりの戦で、もはや血が流れている。それは部下の血もあれば、相手の血もある。
「やめろバカども! 死にたいのか!」
ぼわん、と不思議な音を立てて、煙があたりを撒いた。そばにいたはずの蘭が、舌打ちをして距離を取る。
「鬼頭、逃げてください」
三人の男が、彼の体を囲んで外に向かって武器を構えている。
「やめろ。無駄死にするつもりか」
「逃げてください」
焦る彼の心情などお構いなしに、囲んだ男は強い目をして敵を睨む。
汚くて、醜悪で、悪いことだってたくさんした。人殺しの前科ばかりある悪党の、行き着いた吹き溜まり。
頭の悪い人間は嫌いだ、と彼は心中で呟いた。
最初のコメントを投稿しよう!