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頭ごしに何か柔らかい感触があった。
目を開けると、目の前には彼の顔を覗き込む女の顔が映りこんだ。
どこまでも無垢で、可愛らしく平凡な顔。彼は状況を把握する前に、その顔をまじまじと覗いていた。
やがて彼女、にこるはふっと微笑んで、「おはよう、阿修羅」と言った。
「あ、あ……」
声がかすれた。
身を起こすと、体が僅かな痛みを覚えた。
「大丈夫? まるで空から落ちたみたい」
錯綜する記憶の中で、にこるの声が心配げに彼に向けられる。
頭に手をやり、記憶を呼び起こす。
ハッとして立ち上がる。軋む体に鞭をうって空を見上げると、夜が既に更けていた。
「……っ」
「阿修羅、落ち着いて」
進もうとした彼の腕を、にこるの手が掴んで止める。
「離せ」
「阿修羅……、何があったの」
純粋に、哀しそうな顔をしてにこるが彼を見上げた。その純粋さが、今は彼をいらだたせるほかなかった。
「貴様には関係ない」
低く唸るように威嚇すると、首筋にぬるい刃があたった。それから、息がつまりそうになるほどの濃密な殺気。
横目で刃の先を見据えると、そこには赤い女がいた。
眉間によった皺と、怒りに燃え滾る赤い瞳。
「リコリス、剣をおろして」
「しかし……」
「お願い、おろして。言ったでしょう。彼は友よ。傷つけてはいけないわ」
幼い子供を諭すものでも、怒りに満ちた声でもない、純粋に、ただ淡々とにこるが言った。
不満げに、だがしかしリコリスと呼ばれた赤い女は剣を下ろして鞘に収めた。
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